自治体のカスハラ対策とAI活用:住民の相談を守る一次受付・担当課取次の設計
自治体の電話・窓口で、正当な相談へのアクセスと職員保護を両立するAI活用を解説。担当課への取次、申請期限のある相談、誤判定の見直し、職員支援と記録管理を具体化します。
自治体の窓口では、説明が分からない、担当課につながらない、期限が迫っているといった事情から、住民の言葉が強くなることがあります。職員への暴言や威圧には組織で対応する必要がありますが、声の大きさや問い合わせ回数だけで相談の入口を閉じると、必要な行政サービスにたどり着けない人を生むおそれがあります。
AIを使うなら、公開情報の案内、用件の整理、担当課への引き継ぎなどを支援させながら、人が事情を確認できる経路を残すことが重要です。相談の受け付けと、申請の受理や個別の判断も分けます。AIが「受付しました」と伝えたことで、住民が申請を済ませたと思わないようにするためです。
本記事は自治体の代表電話、住民相談窓口、担当課、DX推進担当に向けた設計例です。具体的な自治体の導入成果を紹介するものではありません。制度や適用される規程は窓口ごとに確認し、個別の権利・資格・処分についてAIに結論を出させない運用を前提にします。
住民の困りごとと、職員への言動を二つの軸で捉える
同じ件で何度も電話があるとき、住民側が執拗なのか、前回の回答が届いていないのか、制度の説明が伝わっていないのかを確かめます。いずれも「再入電」という記録になりますが、必要な対応は異なります。電話を減らすために対応を制限する前に、相談の履歴と未解決の理由を見る仕組みが必要です。
一方で、正当な相談が含まれていれば、どのような言動も受け続けなければならないという運用にはしません。個人への攻撃や威圧がある場合は、管理者の同席、担当者交代、連絡方法の調整など、承認された職員保護の手順を使います。相談の確認は、適切な担当者や方法へ引き継いで継続します。
一般的な考え方を確認する資料として、厚生労働省のカスタマーハラスメント対策指針には、正当な申入れとの区別や、背景・経緯を考慮する観点があります。ただし、自治体の各窓口に適用される制度・職員向け規程の確認を、この資料やAI導入で代替することはできません。対応方法を制限する基準は、所管部門と責任者が確認してください。
自治体のAI受付で扱いやすいこと、担当課に残すこと
公開情報でも、年度、対象地域、手続きの種類によって案内が変わります。AIへ登録する情報には、所管課、更新日、有効期間、根拠となる案内を付けます。古い情報を使わない仕組みと、答えが見つからないときに確認先へ進める仕組みを同時に用意します。
| 相談の種類 | AIに任せる候補 | 担当課で確認すること |
|---|---|---|
| 開庁時間・所在地 | 公開済み情報の案内 | 臨時変更や公開情報にない事情 |
| 手続きに必要な書類 | 承認された一般案内 | 本人の状況による追加書類・例外 |
| 担当窓口が分からない | 用件を短く聞いて候補を絞る | 複数課にまたがる相談の調整 |
| 申請結果への疑問 | 相談内容と希望する説明の受付 | 個別案件の本人確認、判断理由の説明 |
| 締切が迫る相談 | 手続き名、期限に関する申告を確認 | 受理方法・個別条件・期限の扱い |
| 職員への攻撃を伴う相談 | 具体的な状況を管理者へ渡す | 職員保護と相談を継続する方法の判断 |
とくに、給付や減免の対象か、証明書を交付できるか、期限を延長できるかといった判断は、一般的な制度説明と分けます。住民の話がFAQの一文と似ていても、必要な事実がそろっているとは限りません。
担当課が分からない場合も、候補の電話番号を複数読み上げて終えるだけでは、住民側に判断の負担を戻してしまいます。庁内で相談を受け持つ窓口を決め、最初の用件説明を引き継げる範囲を整理してください。
想定例:申請の期限が迫り、窓口を行き来している住民
以下は架空の運用例です。AIは公開案内と取次に限って使い、個別の申請の受理や期限の扱いは担当課が確認する構成を想定します。
住民:「書類が足りないと言われました。別の窓口では大丈夫と言われたのに、明日が締切なんです」
受付:「窓口によって説明が異なり、明日の締切についてお困りなのですね。どの手続きの書類か教えていただけますか」
住民:「正式な名前は分かりません。前にも話しました」
受付:「手続き名が分からないことも含めて担当者へ伝えます。お手元の案内に書かれている課の名前や、前回相談した窓口は分かりますか」
ここで制度名が言えないことを理由に終了せず、人が相談内容を確かめる経路へ進めます。電話口で長い個人情報を集めるより、担当課の特定に必要な情報から聞く方が適切な場合があります。本人確認が必要な詳細は、取次後に所定の方法で確認します。
受付:「締切が明日と案内されていること、必要書類について説明が食い違っていることを、担当者へ引き継ぎます。この電話では申請の提出や受付完了にはなりません。提出方法を含めて担当者が確認します」
担当者は、案内の相違と実際の期限を確認し、住民に次の手続きを説明します。記録には、住民が申告した期限、自治体側で確認した期限、案内した提出方法、未確認事項を分けて残します。AIが聞いた内容だけで「明日まで提出可能」と結論づけないことが重要です。
担当課が電話に出ない場合は、通常の折り返しと区別する
締切のある相談を、翌営業日に処理する一般の折り返し一覧へ無条件に入れると、住民が間に合わない可能性があります。担当課が不通なら総合窓口や当番の責任者へ移すなど、期限のある案件の代替経路を事前に決めます。
受付時点では「明日が締切との申告あり、期限未確認」と伝え、AIが緊急度を確定したように表現しません。担当者が引き受けたことを確認し、未受領なら責任者へ通知する運用にします。AIが24時間電話に出られる構成であっても、閉庁中に行政判断を行う体制があることにはなりません。
誤判定が起きたとき、相談を再開できるようにする
AIの分類や感情分析を使う場合、話す速度、方言、周囲の雑音、聞こえにくさなどが結果に影響し得ます。大きな声を理由に対応を打ち切る設計では、伝わらないために繰り返している人を排除するおそれがあります。そもそも分析が必要か、用件の整理と職員の応援手順だけで改善できる部分がないかを考えます。
失敗例として、住民が「聞こえないので、もう一度」と繰り返した通話を、反復的な要求として分類するケースを試験に含めます。この場合に必要なのは警告ではなく、ゆっくり話す、人へ切り替える、本人が使える別の連絡方法を相談することです。特定の話し方から障害や健康状態を推測して記録することは避けます。
住民が「AIではなく職員と話したい」と伝えたときの経路も必要です。有人対応の時間や混雑状況を説明しつつ、現実に使える窓口を案内します。全員にWebフォームだけを案内しても、端末や文字入力の事情によって利用できない人がいます。代替手段は複数用意し、運用できる担当者まで決めます。
誤判定の申し出は、元の分類を確定情報として扱わず管理者が見直します。記録を訂正した場合は、後続の担当者にも訂正が分かるようにし、「カスハラの人」という固定的なラベルだけが引き継がれないようにします。
職員を守るために、管理者が受け持つ仕事を明確にする
AIが通話を受けても、難しい案件を同じ職員が最後まで抱えるなら、負担の集中は残ります。管理者の役割は、通知を見ることに加えて、対応方針を決め、必要に応じて交代し、その後の相談窓口を用意することです。
具体的な威嚇など安全上の懸念がある場合は、通常の担当課取次ではなく、庁内の安全対応手順へ移します。人への連絡がつながらない場合の代替先を訓練し、職員が応援を求めるために詳細な分類や証明を終える必要がないようにします。
事後の振り返りでは、職員の応答だけでなく、制度の案内、Webページ、窓口間の連絡にも原因がなかったかを確認します。誤った案内があれば修正し、同じ説明の食い違いが次の住民にも起きないようにします。職員本人への支援と、制度・受付の改善を一緒に進めることが重要です。
記録と共有は、相談の内容に応じて絞る
自治体の相談には、生活状況や家族、健康などの情報が含まれることがあります。すべての通話を庁内共通のAIへ投入するのではなく、どの窓口のどの情報を扱うかを先に定めます。録音や分析の案内、利用目的、保存場所、委託先の取り扱い、閲覧権限、保存期間などを所管部門で確認します。
要約には「住民の申告」「職員が確認した内容」「次の対応」を分けます。AIの出力だけを正式な判断記録にせず、担当者が原記録や確認内容と照合できるようにします。相談窓口への引き継ぎでは、制度判断に必要な情報を渡し、職員支援のための記録は必要な範囲の担当者に限定するなど、目的に応じて共有を分けます。
自動マスキングが用意されていても、削除漏れや要約への残存がないか検証が必要です。Bellを含むサービスの調達では、機能の名称だけで判断せず、学習利用の条件、データの削除方法、委託終了時の返却・消去、操作履歴の確認方法を契約・仕様で確かめます。
実証実験の合格条件を、住民の到達と職員の引き継ぎで定める
最初の対象は、所管課と公開情報が明確な案内などから選びます。住民の個別事情を広く収集する業務をいきなり対象にするより、回答の訂正や有人への切り替えを確かめられる範囲で検証します。事前テストでは、制度名が分からない相談、複数課にまたがる相談、担当課の不通、期限がある案件を必ず含めます。
評価では、自動応答の件数だけでなく、住民が担当者へ到達したか、説明を何度やり直したか、折り返しが受領されたかを確認します。職員側は、通話後の確認・修正時間まで記録します。AIが答えた件数が増えても、担当課で最初から聞き直す割合が高いなら、受付項目や引き継ぎ方法を見直します。
誤案内、必要な相談の遮断、担当課への未達が確認された場合は、対象を狭める・有人案内へ戻す判断ができるようにします。相談種別や時期が異なる数字を単純に比較して、AIによって苦情が減ったと結論づけないでください。
自治体のカスハラ対策では、職員が単独で耐えない体制と、住民が事情を説明できる窓口の両方が必要です。導入判断は、この二つを支える運用が実際に回るかで行います。民間企業に共通する管理者レビューの設計は、AIによるカスハラ対策の実装ガイドも参考になります。
参考:厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号、2026年10月7日確認)。
住民の声を受け止めながら、職員の負担を見直すために
同じ案内や担当課探しに時間を取られ、事情を詳しく聞く必要のある相談に向き合いきれない。そんな窓口の悩みから、Bellの活用を考えてみませんか。
公開情報で案内できる電話と、職員が直接受け止めたい相談を分けながら、住民の相談先を残せる受付の形を一緒に整理しましょう。導入方針が固まる前でも構いません。Bellへのご相談では、まず負担を感じている窓口や時間帯からお聞かせください。
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寺下 昇希
Bell 技術責任者
Bellの技術責任者として、AI電話システムの設計・導入・改善に携わっています。現場の電話業務課題を、実務に耐える会話設計とシステム連携で解く知見を発信しています。
- AI電話プロダクトの設計・実装を統括
- 業種別シナリオ設計と運用改善を多数支援